ATRが測るもの
ATR(アベレージ・トゥルー・レンジ、平均真の値幅)は、足1本がふだんどれだけ動くかを価格の単位で測った指標です。RSIを考案したワイルダーが紹介したもので、上がるか下がるかではなく、動きの大きさだけを見ます。ビットコイン日足のATRが2,000ドルなら、直近2週間あまりの1日の値幅が平均で2,000ドル前後だったという意味です。この値は、損切りをどれだけ離して置くか、同じリスクを取るには数量をいくつにするかを決めるときの基準としてよく使われます。ATRが役に立つのは、同じ値動きでも銘柄と時期によって意味がまったく違うからです。ふだん1日に1%ずつ動く銘柄で3%の下落は大きな出来事ですが、ふだん5%ずつ動く銘柄ではよくある1日です。参加者が「大きく動いた」と感じる基準そのものがふだんの揺れに合わせてできているので、その基準を数字として取り出したのがATRです。見る順序は、まずいまのATRがその銘柄の直近数か月と比べて高いか低いか、次に価格に対して何%かです。ATRの数字だけを見て大きい小さいを言うのは、価格帯の違う銘柄どうしでは意味がありません。
真の値幅(TR):前の終値まで入れて測る理由
ATRの材料は、足ごとに求める真の値幅(TR、トゥルー・レンジ)です。TRは下の3つの値のうち最も大きい値です。前の終値を入れるのは、ギャップ(窓)があるからです。前の足が100で引け、次の足が106で始まって105〜110の間を動いたなら、高値−安値は5にすぎませんが、価格は実際には100から110まで動いたのでTRは10です。24時間取引される暗号資産は、次の足がたいてい前の終値の近くで始まるため、TRが高値−安値と同じになる場合がほとんどです。ギャップを除いて測るとリスクを小さく見ることになります。前日の終値でポジションを持っていた人は、夜の間に開いた窓の分だけすでに損益が変わっているのに、高値−安値だけを見るとその動きが記録から消えてしまうからです。ワイルダーがもともとこの指標を作った商品先物市場も、取引が閉じては開く市場だったので窓がよくありました。図のように上に窓が開いたときは2つ目の値が、下に開いたときは3つ目の値が最も大きくなり、前の終値がその足の範囲の中にあれば3つのうち高値−安値が最も大きくなります。
例: 前の足が100で引けたあと、次の足が106で始まった場合。高値−安値は5ですが、前の終値から高値まで10動いたのでTRは10です。
- 高値 − 安値:足の中で動いた幅
- |高値 − 前の終値|:上にギャップがあるときに大きくなる
- |安値 − 前の終値|:下にギャップがあるときに大きくなる
- 最初の足は前の終値がないので、高値 − 安値だけを使う
ATR:TRのワイルダー平均
ATRはTRをワイルダー方式で平均した値で、TradingViewの初期設定は14本です。最初のATRは最初の14個のTRの単純平均で、その後は ATR =(直前のATR × 13 + 今回のTR)÷ 14 で更新していきます。新しいTRを1/14だけ反映する指数平均(RMA)なので、単純な14本平均のように古い値が一度に抜け落ちることはなく、少しずつ薄まっていきます。大きな足1本の影響が半分になるまでに9本あまりかかります。表計算ソフトでTRを単純平均すると、TradingViewの値と少し違って出るのはこのためです。この方式には長所と短所があります。単純平均は14本前の大きな足が範囲の外に抜ける日に値がすとんと下がる段差ができますが、ワイルダー平均はそうした段差なしになめらかに下がります。その代わり、一度大きくなったATRはゆっくり小さくなり、急変が過ぎた後もしばらくふだんより大きな値を示します。また計算が最初の足から続いていくので、チャートに読み込んだ足の本数が違うと序盤の値が少しずつ違うことがあり、十分に長いデータを使えばその差は消えます。
価格の単位なので%に直して比べる
ATRは価格と同じ単位なので、銘柄どうしをそのまま比べることはできません。そこで ATR ÷ 終値 × 100、つまり価格に対する%に直して見ます。価格60,000ドルでATRが1,800ドルなら3%、価格0.5ドルでATRが0.03ドルなら6%で、数字は小さくても後者のほうが2倍大きく揺れていることになります。同じ銘柄でも価格が何倍にもなればATRもつられて大きくなるので、数年にわたる比較にも%が向いています。足の長さを変えるとATRも変わります。日足のATRは1時間足のATRより大きいものの、24倍にはなりません。1日の中の上げ下げが互いに打ち消し合うからです。この点は、足の長さを混ぜて使うときの失敗につながりやすいところです。1時間足のATRで損切り幅を決めておいて何日もポジションを持つと、1日分の揺れに比べて損切りが近すぎます。逆に日足のATRで数時間の売買の損切りを決めると、遠すぎます。持つ期間に合った足の長さのATRを使うのが基本で、%に直した値は、銘柄を選ぶときに「この銘柄はふだんどれだけ揺れるか」を並べて見るのに役立ちます。
ボラティリティは固まってやってくる
価格のボラティリティには、大きな動きのあとに大きな動きが、静かな局面のあとに静かな局面が続く傾向があります。ボラティリティ・クラスタリングと呼ばれる性質で、暗号資産だけでなく株式や為替でも広く観察されています。直近のATRが近い将来の揺れを見積もる物差しとして使われる根拠はここにあります。ただし図のように、ATRは急変が始まってから数本かけて大きくなり、価格が元の水準に戻ったあともしばらく高いまま残ります。平均なので常に遅れてついてくるもので、低いATRはこれまで静かだったという記録にすぎず、この先も静かだという意味ではありません。クラスタリングが起きるのは、参加者の反応が連鎖するからです。大きな動きは損切りと強制清算を呼び、その注文がまた価格を押して次の足の動きを大きくします。ニュースが出た後、解釈が分かれる数日の間に双方の注文が大きく行き交うのも同じ姿を作ります。そのため、ATRがふだんの数倍に跳ねた直後は、価格が元に戻っても揺れがすぐには小さくならないことが多くあります。逆にATRが長く底にとどまった局面は、ボリンジャーバンドのスクイーズと同じように、均衡が崩れたときに動きが急に大きくなりうる状態と読む人が多くいます。
例: 静かだった価格が急変すると、ATR(14)は数本かけて大きくなり、価格が元の水準に戻ったあともしばらく高いまま残ります。価格が100前後なので、ATRの値がおおよそ価格に対する%になります。
損切り幅をATRの倍数で決める考え方
ATRは損切りの位置を決めるときによく使われます。ふだんの揺れだけで損切りにかからないよう、エントリー価格からATRの何倍か離れた所に損切りを置く方法です。2倍や3倍がよく挙げられる例ですが決まった値ではなく、倍数が小さいとノイズに頻繁に引っかかり、大きいと1回に失う幅が大きくなります。損切り幅が決まれば、数量は 許容する損失 ÷ 損切り幅 で計算できます。ボラティリティが2倍になれば損切り幅も2倍、数量は半分になり、1回に失いうる金額は変わりません。詳しい計算は「損切り幅とポジションサイズの決め方」の記事で扱います。この考え方の核心は、損切りの位置を「いくらまで失ってよいか」という自分の事情ではなく、「市場がふだんどれだけ揺れるか」に合わせるという点にあります。自分の事情は損切り幅ではなく数量で調整します。よくある失敗は順序を逆にすることで、数量を先に決めておいて損失が怖くて損切りをATRよりずっと近くに置くと、ふだんの揺れに簡単にかかってしまいます。また、ATRの倍数だけで決めるより、その近くの支持・抵抗や直前の安値と合わせて見て位置を調整する人が多くいます。
- 例:1回に許容する損失を10万円と決めた
- 価格10,000円、ATR 400円、2倍 → 損切り9,200円(幅800円)
- 数量 = 100,000 ÷ 800 = 125個
- ATRが800円なら幅1,600円 → 62.5個
ATRの上に作られた指標
ATRはほかの指標の材料としても使われます。スーパートレンドは(高値+安値)/2 からATRの何倍か(TradingViewの初期設定はATR 10本・3倍)離れた所に追跡線を引き、終値がその線を越えると方向が変わったとみなします。ケルトナーチャネルは指数移動平均の上下にATRの倍数だけ離した帯で、このサイトのボリンジャースクイーズ・スキャナーは、ボリンジャーバンドが EMA20 ± 1.5 × ATR(20) のケルトナーチャネルの内側に入るとスクイーズと判定します。先物の清算価格計算機は、ATR(14)の1.5・2・3倍離れた損切り価格と、その損切りが清算価格より先に届くかどうかを示します。どれも「ふだんの揺れの何倍か」という同じ考え方を使ったものです。こうした指標はATRの性質をそのまま受け継ぎます。ATRは急変の後に遅れて大きくなるので、スーパートレンドの追跡線も急変の直後はしばらく価格から離れ、静かな局面ではATRが小さいので線が価格にぴったり寄って頻繁に反転します。ケルトナーチャネルとボリンジャーバンドの違いもここから生まれます。ボリンジャーバンドは終値の散らばりを、ケルトナーチャネルは足の値幅を使うので、窓やヒゲの多い局面では2つの帯が違う動きをします。
ATRが語らないこと
ATRは方向を教えてくれません。急落が続いても急騰が続いても同じように大きくなるので、ATRが大きくなったという事実だけでは、トレンドが始まったとも終わったとも判断できません。また14本の平均なので、清算が連鎖的に起きる瞬間のような極端な動きは平均に埋もれます。ATRの倍数で決めた損切りも過去の揺れを基準にしたものにすぎず、急変時には注文が損切り価格より不利な価格で約定することがあります。ATRはリスクの大きさを測る物差しであって、この先の動きを約束する値ではありません。よくある勘違いの一つは、下落相場でATRが大きくなることが多いという理由で、ATRの上昇を下落の合図と読むことです。急落が急騰より短く激しく出る市場ではそうした場面がよく目につきますが、ATRの式には向きが入っていません。もう一つは、ATRが低いからリスクも低いと考えることです。低いATRは最近静かだったという記録なので、その上で数量を大きく増やすと、静けさが破れた瞬間に損失も一緒に大きくなります。
暗号資産と株式で違って見える点
ATRは窓をTRに含めるので、市場の仕組みの違いがそのまま数字に表れます。株式は通常の取引時間が終わった後、夜の間の材料が翌日の始値に一度に反映されるため、日足のTRのかなりの部分が取引時間中の動きではなく窓から生まれる日があります。サムスン電子やSKハイニックスが決算発表や米国半導体指数の大きな動きの翌日に窓を開けて始まる場合、米国の大型ハイテク株が取引終了後に決算を出して翌日大きく離れて始まる場合がそうです。この窓は取引時間中の損切り注文では防げないので、ATRの倍数で決めた損切りも始値で一気に飛び越えられることがあります。暗号資産は24時間取引されるので窓はまれな代わりに週末も動き、取引の薄い深夜の時間帯に長いヒゲができることが多くあります。韓国株には1日の値幅制限(±30%)があり1日のTRに上下の限界がありますが、米国株と暗号資産にはそうした限界がありません。株式の1時間足のATRは、取引開始直後の大きな足と昼ごろの小さな足が混ざり、1日の中でも揺れが均一でない点も考慮する必要があります。おおむね暗号資産のATRは価格に対する%で見ると大型株より大きいほうなので、同じ倍数の損切りでも数量が大きく変わります。
実践の点検順序
リアルタイムのチャートでATRを見るときは、最後の足の値が確定していないことをまず覚えておく必要があります。進行中の足のTRはその足の高値と安値が広がるほど大きくなるので、足が始まった直後のATRは小さく、急変中の足のATRは大きく見えてから、引けたときに決まります。ワイルダー平均なので1本の影響は1/14に薄まりますが、損切り幅や数量を決めるときは確定した足のATRを使うほうがぶれが少なくなります。取引中にATRが跳ねるのを見て損切り幅をその都度変えると、基準が動き続けて最初に決めたリスクの上限が意味を失います。足が始まったばかりのときの小さなTRを見て、いまは静かだと考える勘違いも同じ理由から生まれます。以下は画面を見るときの確認の順序です。
- 足の長さが持つ期間と合っているか確かめる
- ATRを価格に対する%に直し、その銘柄の直近数か月と比べる
- 損切り幅と数量は確定した足のATRで計算する
- 直近14本の中に窓や清算による急変があり、ATRを膨らませていないかを見る
- ATRの倍数で決めた損切りの近くに支持・抵抗があるかを一緒に見る
- 株式は決算発表など窓の危険がある日程を、暗号資産は週末と薄い時間帯を確かめる
- ATRの大きさを向きの判断の根拠にしない
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